希望のない世界から

消化試合を生きる

白の子のこと

 禁忌に足を踏み入れてしまったようだ。

 書いたことがあったかどうか忘れたが、これまで極力アニメのキャラの中の人のことは知らないよう努力してきた。自分はキャラ萌えの二次オタなので、三次元の声優さんを知ってしまうと、キャラを見たときにその影がちらついてしまうことが懸念されたからだ。

 声優さんが声優さんとして歌うライブには何の抵抗もなかったが、声優さんがキャラとして歌うライブや、アニメ系のラジオなども極力避けてきた。アイマスのライブもその一つだ。

 ところが、まあ色々なことがあってデレマス5thの大阪公演のLVに行ってから、価値観が一変した。ものすごく面白かったし、心配していたほどの違和感もなかった。もちろん、智絵里のようなキャラと中の人のギャップが強い人もいたが、それが智絵里に影響が出るようなことはなかった。その時は。

 その後は、静岡初日は現地参戦、2日目はLV、幕張も両日LVで、すべての公演を見ている。円盤もプレミア価格になっている2ndも含めて、過去のライブのBDをすべて買い揃えた。完全にはまってしまった。

 当然、声優さんにも興味が沸いてきた。元々素直に射精の一件から上坂すみれだけは知っていたのだが、YouTubeニコニコ動画にある大橋彩香ネットラジオなどの映像を眺めたりして、少しずつ知識が深まってきた。この頃には、卯月を見たら大橋彩香が脳裏にちらつくようになり、心配していた悪影響も出始めたが、もはやそれは受け入れるしかなかった。

 最近では立花理香が好きである。美人だし、トークが面白い。ノルカソルカの過去の番組を見るのが日課になっているし、京都のDVDも買ってしまった。キャラにそれほど興味がないのがせめてもの救いだろう。ここに来てなお、津田美波だけはなるべく知らないよう努力を続けている。ポリシーと好奇心がせめぎ合っている。

 

 ここまでは序の口。冒頭に書いた「禁忌」はこの後だ。

 先日、数年ぶりに東京出張があったので、ついでに1泊してゲーム仲間と遊んだ。高円寺でボードゲームをした後、飯をパスして一人で池袋に向かう。

 何があったかというと、あの静岡公演で鮮烈なデビューを果たした乙倉悠貴の中の人が、インストアイベントに来るというのだ。せっかく偶然東京にいるのだし、一度見てみたい。

 インストアイベントというものがどういうものかまったく知らなかったので、時間ぎりぎりに到着すると、人がたくさんいてステージはほとんど見えなかった。幸いにも乙倉ちゃんの中の人はキャラ同様背が高いので、ちらちらと見られたのだが、なんだかとても感動してしまった。あの静岡公演で1万人を湧かせた声優さんが目の鼻の先にいるのである。

 しかもだ。1枚540円のCDを4枚予約すると、2ショットチェキが撮れるという。

 なんだそれは。どういうことだ?

 例えば、自分の知っている範疇では、何をどうやっても、大橋彩香立花理香と一緒に写真を撮ることなどできない。彼女たちは遥か遠く、舞台の上で5センチくらいの大きさで見るか、ディスプレイの中にしかいない存在なのだ。自分たちは「こちら側」の人間であり、同じ場所に存在することは決してできない。

 それが、540円のCDを4枚予約すると、2ショットチェキが撮れるという。

 なんだそれは。どういうことだ?

 もちろん、その2,160円はまったくどうという額ではないので予約して応募券を受け取り、チェキを撮らせていただいた。ふおおぉぉぉぉ。

 さらにもう1枚CDを買うと握手ができるとのことで、もう1枚追加して握手もした。最後にチェキにサインもしてもらったので、合計3回も喋る機会を得たのだが、これは一体どういうことなのだろう。

 会場にいた何十人かは、乙倉ちゃんの中の人ととても親しげに話をしていた。いわゆる「認知」されているのだろう。とんでもないことだ。自分など1万人の中の名もない一人に過ぎず、静岡公演の最後にあらん限りの声で「ゆっきーーーーーーーーーーーっ!」と叫んだが、届いたかもわからない、それが限界の存在なのである。

 なんだこの空間は。異世界か? 異世界なのか?

 しかもそんな風に、目の前で踊ってくれる無料イベントが、有料イベントが、チェキの機会が、握手会が、ものすごく頻繁にあるのだ。

 なんだこれは。東京、なんて恐ろしい……。

 そりゃ、あの距離感で、あれだけ頻繁にあるイベントに参加していたら認知もされるだろう。地方民の自分は、物理的に参加できないことを安堵しつつ、あの日の感動を思い出しては、360km離れた場所で行われているイベントに参加できないことを悔しくも思っている。

 

 ちなみに、自分はアース・スタードリームをまったく知らなかったのだが、友人にその話をすると、元々『てーきゅう』のファンでアース・スタードリームのことも悪い意味でよく知っていた。異物混入やらノーギャラやら。

 先日のインストアイベントで、白に50人ほど並ぶ中、他の子は2~3人だったのを見て、ふと橋本環奈を思い出した。詳しくは知らないが、グループの中で一人だけ飛び抜けて有名になったとのことで、アース・スタードリームも同じような状況にあるのかもしれない。

 あの感動から4日が過ぎた。右手には未だに残る握手会の思い出を、左手には取りに行けないCDの引換券を握ったまま、今日も白い人を思い出している。