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30代独身オタの哀愁

消化試合を生きる

正しい道徳について

熊本の地震の際に、ライオンが逃げ出したとデマを流した男が捕まったという話題で盛り上がっている。

ああいうデマツイートはものすごく嫌いなので、個人的には大変嬉しい。

去年の夏、京浜東北線で停電があった際に、バッグを投げて電線を切ったと書いていた人がいたが、あの人も捕まればいいと思う。

もっとも、業務妨害だと当該会社が訴えなければ逮捕には至らないのだろう。残念だ。

 

該当ニュース記事のブコメなど、一部でインターネットの使い方(リテラシー)を教育すべきだという意見があるが、リテラシーはモラルとは別のものであり、そこを教育したところであまり変わらないのではなかろうか。

問題は、デマで慌てる人たちを見て喜ぶ性根にあるのだ。

よく包丁が人殺しに使われたら、包丁を取り締まるのかという話題になるが(1998年のバタフライナイフの事件を思い出す人もいるだろう)、問題は道具ではない。

道具を取り締まることで一定の効果はあるかもしれないが、取り締まり切れるものではない。世の中のとても多くのものが、人殺しの道具になり得るのだ。

 

インターネットも然り。

デマで他人が慌てるのを見て喜ぶ人間に、「インターネットに書き込む内容で捕まることもあります」と言い聞かせるのは、人を殺したい人に、「包丁で人を刺してはいけません」と言っているようなもの。

問題は「人を殺したい」とか「人を騙したい」とか思う心の部分で、幼少期から正しい道徳 (※) を教えることが大切である。

大人になってからは矯正するしか方法はなく、よって逮捕して刑務所行きというのは、再発防止には有効だろう。

 

事前に防止するのは、正直難しいんじゃないかな。やはり、先ほど書いた幼少教育かと。

ヒヤリハット的な事前の兆候の段階ではどうにもならないと、小金井の刺傷事件の時に改めて思った。

2008年に岡山駅で突き落とし事件があったが、あんなのもうどうにもならない。

結局、我々が「突き落される可能性」や「インターネットの記事がデマである可能性」を意識して行動するしかない。

もちろん、啓発や対策は大事だけれど、最後に自分の身を守るのは自分しかいない。ヤるヤツはヤるのだ。

 

(※) 敢えて記事タイトルにもしたが、「正しい道徳」ってなんだろうね。「普通」と同じくらい嫌な響きもあるが、敢えて使ってみた。「人を殺してはいけない」は「正しい道徳」だと思う。「どうして人を殺してはいけないの?」と言う人とは距離を置きたい。