30代独身オタの哀愁

消化試合を生きる

洗脳考

幸せなあの世を想像したら早く死にたくなったという話は前に書いた。

死んだ後のことなんて誰にもわからない、答えの無い話なのだから、死んだらすべてが無くなってしまうなんて悲しいことを考えるより、思い切り自分にとって都合の良い、幸せな世界を想像した方がいいということだ。

悩みの中でそこに思い至ったが、考えてみればこれは宗教と同じ思想かもしれない。俺も教祖になろう。入信者募集中でち。

 

自分の場合、すっごく幸せなあの世に行くために、こちらの世界でやるべきことは特に無いのだが、意地悪な教祖様だと、こっちの世界であれもしなさい、これもしなさい。そうしないと、幸せなあの世に行けませんよ、というかもしれない。

例えばそれが、「たくさんの間違った考えの人を改めなさい。そうすると幸せなあの世に行けます。さあ、この爆弾を持って……」みたいな感じになったら、「今」が辛ければ辛いほど、人は騙されてしまいそうだ。

まあ、それを「騙された」と言っていいかはわからないが。その教祖様は、本気で心の底からそう思っているかもしれないし。いわゆる元々の意味での「確信犯」というやつだ。

善悪の基準が異なれば、そういうこともあるかもしれないね。絶対的な善とは何だろうという、難しい話になってくる。法律なんてのも、それを定めた人は善なのかという、ループに入るし。「悪法も法」という言葉もある。

 

そんな話がしたいわけではない。

昨日はてなホッテントリに入っていた、「32歳童貞(当時)の彼と付き合い始めた」というエントリーね。

 

32歳童貞(当時)の彼と付き合い始めた

http://anond.hatelabo.jp/20160606003455

  

「なんだこの上から目線は!」と言っている人もいれば、「いやいや、これのどこが上から目線なんだ」と言っている人もいる。

自分は上から目線だと思う。その理由はすでに多くの人が書いているが、相手にコミュ障だの顔が悪いだのということを、思っているばかりか相手にはっきり言っている点。

それでも好きだよって、好きという感情は免罪符じゃないぞと思いつつ、ふと何か、最近こういうのを見た気がした。デジャヴか?

あれだ。能年玲奈の洗脳騒動だ。

 

芸能界には詳しくなくて、これもYahoo!ニュースを眺めていて知ったのだが、「あまちゃん」の能年玲奈が洗脳されているという話題。

それ自体が嘘か真実かは定かではないが、その手口とされるのが、相手を徹底的に否定した上で、自分だけは違うと思い込ませるというもの。

なんだかこの「彼女」もそれに近いものを感じる。

ファッションセンスも悪く、コミュ力もなく、顔も悪く、32歳まで童貞だった男に、その現実を突き付けた上で、それでも私は受け入れるというマウンティング。

およそ結婚後の生活も想像がつくか、それが幸せか不幸せかは本人次第なのでわからない。

最初の話に戻ると、幸せの基準なんて、善悪の基準よりも曖昧だ。善悪の基準は法律である程度は定義できるが、幸せの基準は人それぞれ。

会社にも恐妻家の人がいて、その人の話を聞いているとこっちがイライラするが、本人はいたって幸せそう。

当時32歳童貞だった彼も、こういう女性が好きなのかもしれないし、爆弾抱えて飛び込むみたいな周りに迷惑をかけることでもないから、まあ末永くお幸せに。

 

話は逸れるが、「理解できない増田の恋愛」というと、これを思い出す。

 

閣下と増田のデート まとめ

http://anond.hatelabo.jp/20160509114559

  

引用はまとめで本人ではないが、元増田によると、

 

私はただ単に結婚したいだけで、“結婚するには目の前にいる相手に全力を尽くすのが最短”と過去の沢山の婚活経験から判断してて、閣下も根性と気合に溢れてるおかげか私の目の前からいなくなったりしない以上は、閣下が結婚に不安を感じる要素を除去しつつ、ひたすら仲良くしてゆきたいと思ってるだけなんだよね。

 

ということで、どんな相手でも自分が合わせてとにかく結婚したいという人も、世の中にはいるらしい。

後の行に「私は普通にありふれた人間の女性と結婚したい」と書いていて、自分にはこの「閣下」は「普通にありふれた人間の女性」には見えないのだが、まあそれも様々な主観があるだろう。

当時32歳童貞も、マウンティングされるのが好きなのではなく、自分の経歴を鑑みて最後のチャンスと捉え、我慢して付き合っているのかもしれない。

本人が登場したら面白いのだが、まあ「結末がわからない」のはインターネットの宿命だ。

 

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