読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

30代独身オタの哀愁

消化試合を生きる

私が二次元に求めるもの

自分の書く小説は、自分の現実の裏返しであり、自分の理想である。

随分昔にハッピーエンド主義になり、最近では一部の例外を除いて、ハッピーエンドの物語しか書いていない。

理不尽な展開や報われない内容、恵まれない話は現実に溢れている。フィクションにそんなものは求めていない。

 

最近では先に結末を知ってから物語に触れるという人も多いらしい。

自分からすると、それは意外ではなく、ようやく人々は気付き始めたかという感想。

長い時間をかけて見たり読んだりして、さんざん感情移入したキャラが最後に報われないとか、本当に勘弁してほしい。

 

『響け!ユーフォニアム』の感想で、「実際にはずっと銅賞だった部が、こんな簡単に金なんて無理」みたいなものを見た。

こういう人たちは、フィクションに何を求めているのだろう。

色々な考え方の人がいるので否定はしないが、自分や自分の作品とは合わないだろうなと思う。

 

『卯月とファンの恋物語』という作品は、ファンという立場から卯月と親しくなるお話である。

自分は小日向Pで、小日向とはプロデューサーの立場で接したいが、卯月とはファンの立場から仲良くなりたいと思って書いた。

アイドルマスターという作品は、基本的には自分=プロデューサーなので(※)、残念ながら共感者は少なかったが、一部の需要は満たしたもよう。

 

ごく稀に、現実でもアイドルと仲良くなれる人がいるが、そういう人は普通にモテる要素があるのだ。

身近な女性にも相手にされない自分のようなオタクでは、そういう現実は絶対に有り得ない。

そんな「あったらいいな」をカタチにできるのが二次元の良さであり、自分の小説である。

 

現実はツライ。

二次元はいいぞ、二次元は。

 

(※)

アイマスは、アーケードから入った人と、アニメから入った人とで、スタンスがだいぶ変わるらしい。

自分は千早にパイタッチして「くっ……!」と言われて楽しんでいた人なので、「アイマスとは自分=第三者で、アイドル同士の触れ合いを楽しむ」という観点があまりない。

自分がアイドルの子たちと触れ合える作品。それがアイドルマスター