30代独身オタの哀愁

消化試合を生きる

自分にはできないと認めること

いつの間にか2015年になっていた。

ニュースによると、1月1日頃、年が変わったらしい。

毎年必ず誕生日が来るが、無事であれば2015年もまた一つ、歳を取るだろう。

 

彼女を作ろうと頑張って、街コンに行きまくっていたのは、もう一昨年のことになる。

結局何の成果も出ずに2014年を迎え、2014年はついぞ出会いの場には一度も行かなかった。

去年は彼女を作ることへの「諦めの年」で、今年は一人で生きていくことへの「覚悟の年」になりそうだ。

 

一昨年から去年の前半にかけて、Tiwtterで知り合った人たちと、それなりに交流していた。

それが、去年の後半から激減し、年が明けた今なお、Twitterとは距離を置く一方である。

少なからず知っている人同士が、TL上で、あるいはオフ会などで仲良くしているのを眺めている。

自分もその輪に入りたい、そういうふうにしたいと思っているが、ただただ思うばかり。

最近わかった。

「心の底ではそれほど望んでいない」のではなく、「自分にはできない」のだ。能力的に。

 

去年の後半は、コスプレ撮影を頑張っていた。

レイヤーさんとも何人か知り合いになり、会ったことはないが、同じ頃から活動を始めた男性のカメラマンともお一人、ネット上で知り合った。

この人は今年に入ってからも、精力的に活動している。

アーカイブでも積極的にフレンドを作り、Twitterでもたくさんのレイヤーさんと話をしている。撮影の依頼もあるようだ。

この人のようになりたい。そう思って、アーカイブでも声をかけてみるが、撮影機会どころかフレンドの一人も増えない。

最近わかった。これも、「自分にはできない」のだ。

 

ずっと「頑張りが足りない」とか、「本心では望んでいない」とか、「めんどくさいだけ」などと考えていた。

「やればできるはずだ」

違う。

自分にはそういう能力がないのだ。あるいは、そういう人格・人柄ではないのだ。

 

彼女を作ることも、たくさんの人の輪に溶け込むことも、撮影依頼をいただくことも、自分にはできない。

人には向き・不向きがある。

背伸びをせず、等身大の自分を見つめ直し、できる範囲内でどう楽しむか、生きていくか。

これを考えることが、今年の自分のテーマかなと思う。

 

えんいー