30代独身オタの哀愁

消化試合を生きる

その「相手のため」は自己満足になっていないか

両親と暮らしているのだが、自分が3x歳なので、いつの間にか両親も6x歳の年寄りになってきた。

今年の冬、なぜか帰宅すると自分の部屋の暖房が入っているようになった。

父親が、帰った時に寒くないようにと入れてくれているようなのだが、暖房を入れてから自分が帰るまで、何時間もある。

昨日など、旅行の帰りで家に23時に帰宅したから、5時間くらい無駄に暖房が入っていたと思われる。

自分の生活習慣では、帰ったらまず風呂に入るので、帰宅してすぐにつければ、風呂に入っている間に部屋は十分暖まる。

善意でしてくれているのは嬉しいが、電気代がもったいないし、自分はそっちが気になるのでしなくていいと言ってみたが、不機嫌な様子で「(電気代のことなど)いい」と言われて終わった。

昨日は特に、玄関の鍵も、自分が帰った時に入りやすいように開けていてくれたらしいが、気が付いた母親が鍵をかけてくれた。

別にかかっていたら鍵を出して開けるだけなので、こういうご時世だから鍵はかけておいてほしい。リスクは少しでも事前に減らしてほしい。

しかし、もう言っても聞かない。結局自己満足なのだ。

 

逆に、雪まつりの後、片付ける場所がない雪ミクグッズを、テーブルの上に延々と放置していたら、勝手に引き出しの中に押し込められていた。

とにかく床やテーブルの上がごちゃごちゃしているのが嫌いなのである。

自分の部屋なのだから、せめてテーブルの上くらいは好きにさせてほしいが、それができない。

家によって内容は違うだろうが、それぞれ「自宅の制約」というのはどうしてもあるのだ。

 

今日、Yahoo!のトップに、妻がおかずを減らしてくれないという知恵袋が乗っていた。

とにかく毎日大量に出てきて、自分(旦那)もどんどん太っていくので、減らしてほしいと頼んでも減らない。

冷静に話し合いをしてもふてくされる。残すと怒る。ケンカをしても減らない。

これを見て思ったのも、この妻は旦那のためにおかずをたくさん作っているわけではないということ。ただの自己満足。

けれど本人は恐らく、旦那のためにしているのだと思っている。そういう「尽くしている自分」が好きなのだ。

 

「相手のためにする」というのはいいことだが、それが本当に相手の望んでいることなのか、ただの自己満足になっていないか。

このことはすべて国民が冷静に考えるべき「心」の問題であると、自戒も込めて書いてみた。

なお、大好きな友達の娘さんが大学に合格したので、昨日その合格祝いにイタリアンフルコースをご馳走したが、100%自己満足です、ええ。相手の意向は一切確認していません。

女の子にイタリアンフルコースご馳走してあげる俺ステキ☆キャー!