30代独身オタの哀愁

消化試合を生きる

「年齢相応の言動」は、年齢ではなく環境が作る

ファンタジー小説などで、歳を取らないキャラが、見た目も体も若いのに言動が老成していることがあるじゃないですか。

「わしはこう見えてもう70年生きておる。ほっ、ほっ、ほっ」

みたいな。別に、

「ボクはもう70年も生きてるんだ! すごいだろ!」

でいいじゃんと思うのだが、やっぱり70年も生きていると、中身も70歳くらいになるのかなと思ってしまうのだろう。

この点に疑問を抱いたのが今日のお話。

 

30代も半ばになって、自分でも若い頃より言動が落ち着いてきたと思う。

まず一つに、昔のように無茶をする体力がないこと。翌日の仕事への影響を考えてしまうこと。体調を崩して迷惑をかける範囲が広がっていること。

そして、同様の理由でか周囲も大人しいため、それに合わせてしまうこと。相乗的に同世代はみんな大人しくなり、「年齢相応」が形成されていく。

年齢も体力も環境も何もかもが昔のままなら、その自分が過去に自然に取っていた言動を取るはずだ。

服装も然り。

若い格好をしなくなったのは、顔が老けて似合わなくなったからで、年齢も見た目も若いままなら、わざわざ30代、40代で似合うファッションなどしない。

言葉遣いも社会の影響が大きい。

長い間生きているから言葉遣いがましになってきたわけではない。

そういう言葉遣いをしなくてはいけない場所にいて、立場にあって、周囲もそうだからそうしているだけである。学生時代の友人と会えば、今でもフランクに話す。

 

ここでふと、別にファンタジーの世界じゃなくても、歳は取り顔は老け体力は衰えても、幼い言動のままで許される環境に居続ければ、言動は幼いままになるのではないか、と考える。

言動の幼児性と年齢に直接的な相関はないのだ。

いい歳をしていつまでも幼い言動をしている人は、そうしていても許される環境にいて、わざわざ周囲に合わせて無理に自分を押し込める必要がないのだ。

人は元来、幼い。生物の大半は、生まれてから死ぬまで同じ行動を取り続けるのではないか?

などと、「成長」「社会性」「幼児性」「本能的な言動」みたいなことを考え出したら、ちょっと壮大になってきたのでこの辺で。