30代独身オタの哀愁

消化試合を生きる

生活に笑いを~YouTubeとロザンの話~

心が疲れきってしまったので、昨日はお休みをいただいた。

で、家で何をしていたかというと、YouTubeでぼーっとロザンの動画を眺めていた。

なんていうか、ふと、自分の生活には笑いが足りないと思ったのだ。

もう随分笑っていない気がして、これは良くないなと。

 

元々芸能界には興味がない上、お笑いは好きではない。

落語は面白いと思うが、お笑い芸人のネタは、その多くが好きになれない。

お笑いの割には、怒りの感情が多いと思うのだ。

キレ芸人というのかな?

ああいう芸は、はっきり言ってしまうと不快の一言で、何が面白いのかさっぱりわからない。

 

数年前、強制的に吉本新喜劇を観なくてはいけないイベントが発生して、初めてなんばグランド花月に行ってきた。

その時、最初に登場したのがロザンで、『小学校の問題』を披露したのだが、これが面白かった。

残念ながら、この日の公演で自分が面白いと感じたのはこれだけだった。やはり、基本的には合わないのだ。

ただまあ、ロザンが面白いのがわかっただけでも収穫だった。

 

面白いネタというのは、何度見ても面白い。オチがわかっていても楽しめる。

新しい笑いを求めて、色々な動画を検索するよりは、同じネタを何度も見ていた方がいい。

これは、歳を取ると聴き慣れた曲を聴き続けるのに近いかもしれない。

『小学校の問題』を何度か見つつ、感性が合うロザンの動画だけを色々見てみる。

 

全部が全部面白いと思えたわけではないが、『奇跡の草』、『キラキラネーム』、『コンビニ』といったネタから、さんまの番組、講演、道案内の企画などなど、色々な動画を見る。

ピンではあるが、『AWAのプレゼン』がかなりのヒットで、5回くらい見た。

随分久しぶりに笑った気がする。今日は随分気持ちが楽になっているので、やはり笑うというのは大事だなぁと。

 

それにしても、YouTubeで動画を見るという文化がなかったので、色々な動画がアップされているのに驚いた。

動画を見る文化がなかったというと、嘘になるかもしれない。最近小説を書くために、色々な曲を聴いていた。

葉加瀬太郎の動画とか結構見るのだが、公式のチャンネルがあるのだね。

YouTubeの仕組みはわからないが、投稿日が古くて再生数が多くてなお消えていない動画は、合法もしくは容認されている動画という認識でいいのかな?

自分のこのエントリーが、違法動画視聴告白みたいな内容になっていなければいいが。

見てもよい動画と、見てはいけない動画を区別する術がない。

 

今「落語」で検索してみたら、こちらも色々な動画がアップされている。

なにぶん、リアルに笑いのない生活を送っているので、時々外部から笑いを取り入れることも必要だなぁと思ったお休みだった。

 

恋愛弱者

最近また精神的に不安定だ。

いつか発狂して死ぬのではないだろうか。

 

結局のところ原因はいつもの「他人が羨ましい病」なのだが、ダメだね。どうにもならんね。

別に仕事が充実している人を見ても、趣味で生き生きしている人を見てもなんとも思わないのだが、恋愛系のリア充を見るたびにグリーフシードの濁りを感じる。

 

恋愛は、自分には途方もなく難しい。

なにせ、必ず相手が要る。自分一人ではできない。

時々海外旅行に行くことを羨ましがられるのだが、そんなのは別に誰だって行ける。

足が不自由だとか、会社が倒産してお金がなくなったとか、そういう人に言われるならわかる。

しかし、羨ましがる人の大半が、家族がいて時間が自由にできないとか、他のことに使ってお金がないとか、そういう理由だ。

それは自分でそちらを優先しただけであって、二兎は無理だろうよ。

 

別に恋愛より優先していることがあるわけではない。

仕事や他の趣味を優先して女性と会うことを後回しにしたり、そういう機会を潰したりしたことはない。

むしろ最優先にしているのだが、そもそもそういう機会がないし、動いてもことごとく失敗する。

 

憧れる内容が、公認会計士になるとか、年収一千万とか、多くの人がそうではない難しい内容なら仕方ない。

しかし、かなりたくさん、圧倒的大多数の人が彼女の一人くらいいる。いない人は、そもそも必要としていない人が多い。

この劣等感!

別に人と張り合うために彼女が欲しいわけではないのだが、多くの人が当たり前のようにできていることができないというその事実に、自分のグリーフシードはもう真っ黒だ。

 

足が不自由だから海外旅行に行けない。

恐らくそちら側の理由で、自分には恋愛が極端に難しい。

どうしてみんな、当たり前のように彼女がいるんだろう。

最近周囲で、女性側から誘ってきたという人が何人かいるのだが、そんな経験、40年近く生きて来て一度もない。

 

人は、自分にできる範囲で幸せを見つけて生きるものだ。

たぶん自分は、恋愛以外のことで幸せを見つける方がいい。

ただ、どうして自分には恋愛ができないのか。

「走れないのは足が不自由だからです」というような、明確な理由があれば諦められるが、どうしても心のどこかに「自分にもできるはずだ」という思いがあって、やっぱりできないもどかしさに鬱々としている。

発狂しそうだ。

 

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グラブルの利用制限措置について思うこと

月曜日、グラブルを開いたら突然こんな画面が表示された。 

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何のことかさっぱりわからない。特に月曜日など、朝からいつも通り、通勤中に島ボスをポカポカ殴っただけである。

何が起きたのか運営に問い合わせたら、「外部ツールをインストールし、使用しているとログが検出されたプレイヤーに対して、利用制限措置を実施しました」との趣旨の回答をいただく。

まったく意味がわからないので再度質問をすると、「調査内容、制限措置の詳細については、お客さまへ個別でのご案内をおこなっておりません」という回答が来る。

 

制限措置は、身に覚えのある人には効果があるだろうが、身に覚えのない人間には、恐怖でしかない。

自分のどのプレイが規制にひっかかったのかわからなければ、意図せず繰り返してしまうかもしれないし、そのせいでアカウントを停止でもされたら納得もできないし損失が大きすぎる。

そういう趣旨のことを書いてもう一度送ったら、「お問い合わせいただきました件について、現在確認させていただいております。確認次第、すぐにご案内させていただきます」との回答。後から知ったが、これは定型文だった。

期待して待っていたら、1日経って返ってきたのは、「重ねてのご案内となりますが、調査内容および制限措置の詳細につきましては、お客さまへ個別でのご案内をおこなっておりません」。

 

日曜日にボードゲームをやるために京都に行ったのだが、電車の中で初めて信念集めのための部屋を立てて、1時間共闘をやり続けた。

その時にリロードもたくさんしたから、それだろうか。

しかし、共闘をやりまくっているユーザーはたくさんいるし、共闘ではリロードしないと進まずに他のプレイヤーに迷惑をかけることも多い。

「画面のリロードを行った場合の利用制限措置は行っておりません」とのアナウンスもすでに出されている。

一体いつの何のプレイが外部ツールの使用と検知されたのだろうか。わからなければ直しようがない。

今、その辺りのことを書いて再度質問を投げているが、恐らく回答は同じだろう。誤逮捕で謝罪にいたる警察よりタチが悪い。

 

グラブルは、スクフェスモバマスデレステと艦これを足した分くらい課金しているので、そう簡単に引き下がるわけにはいかない。

いいことか悪いことかは別にして、今生活の大半をグラブルに捧げているので、突然、しかも理由もわからずこれが失われるのは痛い。

それにしても、定期的にある程度の金額を支払って利用しているユーザーに対して、この対応は何なのだろう。

自分も社会に出てから15年、色々なシステムを作り、色々なユーザーに納めてきたが、ユーザーに対してこういう対応をしたことがない。

別に課金しているからといって偉そうにするつもりはないが、ユーザーが真剣に困って問い合わせているのに、こういう対応なんだなと思うと寂しい気持ちでいっぱいだ。

運営に対する嫌い感が強く出てしまった。

アーティストは嫌いだが歌は好きとか、そういうレベルならいいのだが、突然わけもわからず利用を停止される可能性のあるゲームにどっぷり浸かっていてもいいのだろうか。

ぼちぼちまた人生を見直すタイミングなのかもしれない。

 

ユーフォ:佐々木梓考2

ユーフォ:佐々木梓考

『立華高校マーチングバンドへようこそ』感想

 

前に「自分は佐々木梓があまり好きではないかもしれない」と書いた。

その理由を、「真面目で努力家なので、不真面目な自分が責められているような気分になる」と書いたが、ちょっと違う気がしてきた。

同族嫌悪だ。

『立華高校マーチングバンドへようこそ』の主人公、佐々木梓の抱えている問題・欠点・欠陥が、自分のそれと同じだったから、自己嫌悪に近いものだったのかもしれない。

 

梓の抱えている問題(本人はその欠点を認識はしているが問題とは思っていないようだが)は、相手にとって自分が必要ないと判断したら、その関係を切り捨てるところだ。

頼られるのが好きと言いながら、その実、頼ってくれる人がいることで自分を保っている。前に書いた通り、梓の方があみかに依存していた。

そこまではいい。

芹菜に自分以外の友人ができた時、あるいはあみかが自分の意志でガードに転向した時、梓はもはや芹菜やあみかにとっても自分は必要のない人間だと感じて、二人を切り捨てた。

これは、仲が良くて頻繁に遊んでいた友人に彼女ができた瞬間、まったくこちらから連絡しなくなった俺の行動に、とても似ている。

慕ってくれる後輩たちが可愛かったが、いざ結婚したり彼女ができたりして、彼らに自分以上の相手ができた途端、俺は彼らから離れた。結果として今、友達がいない状況になり、彼らに依存していたのは自分の方だったと知るに至る。

 

梓の抱えている問題はこれと同じなので、根が深い。

自分がずっと変われず、今でもこうなのを考えると、梓のこの性格や習慣を変えるのは極めて難しい。

梓は芹菜を切り捨てた後も、その時その時その場にいる誰かと仲良くやっていたし、あみかを切り捨てた後も同じだった。

最悪、その時その場に誰もいなくても、梓は一人でもなんとかできる。自分と同じだ。

誰かを必要としているが、誰も必要としていない。寂しいが踏み込む勇気はない。踏み込むくらいなら一人でいい。

 

梓とあみかの小説のプロットはほぼできていたのだが、梓の抱えている問題の根の深さに気付いてしまったので、ちょっとプロットを練り直す必要が出てきた。

自分がこの歳まで改善できないでいるこの問題を、どうしたら梓は直すことができるのだろう。

一つ、自分にはなくて梓にはあるもの。それは、心の底から自分を好きでいてくれる存在。つまりあみかだ。

原作者はそれを芹菜で表現して、どうしてそれをあみかでやらなかったのかわけがわからないのだが、いずれにせよ梓のこの問題をどうにかできるのは、梓のことを本当に好きな誰かしかない。

梓が問題と思っていない問題と、梓の視点であみかの気持ちを、上手く表現できるだろうか。

面白くなってきた。

 

『立華高校マーチングバンドへようこそ』感想

終業間際に『ユーフォ:佐々木梓考』というエントリーを書いて、帰りに『立華高校マーチングバンドへようこそ』の後編を買ってきた。

真っ先に一番最後を読む。エピローグ、それから少しずつ遡り、結末を知る。

ユーフォの秀一展開があって、この作者のことは信用していない。まったく信用していない。だから、後ろから読む。

今度ばかりは前編の流れを汲んだ結末になっているかと思ったら、全然そんなことはなかった。また裏切られた。

 

勝手に期待しただけだろうと言われるかもしれない。

ただ、前作だって1巻の内容でくみれい展開を期待し、最後の秀一展開で裏切られたと感じた人が実際に多かった。

これは作者のミスリードだ。もはやわざとやっているとしか思えない。

前編で芹菜という女の子は、梓にとって苦手な存在としてしか描かれていない。

地の文で「存在を意識するようになったのだった」などと書かれてはいたが、むしろ「いやいや、どうしてこの展開でそうなるんだ?」という内容だった。

まさかあの一文で、この芹菜展開を示唆したとでも言うつもりなのだろうか。

 

もはやじっくり読む気も起こらず、帰宅してからパラパラと流し読みした。

あみかとはどんどん離れていく。梓が無意識に突き放し、志保によって気付かされる。先に突き放したのはあみかの方だと言う。

依存していたのはあみかの方ではなく、梓の方だった。その辺も、思っていた通りの展開だ。悪くない。

ただ、そんなあみかとの関係で過去を思い出し、どんどん芹菜展開になっていくのはなんなんだ?

あみかとは最終的には折り合うが、前編のような雰囲気はない。対等な友人になったということなのかもしれないが、違う。こうじゃない。

自分の二次創作で久美子と麗奈を書いているが、二人ともべったりで共依存だが、対等であり、芯のある自分を持っている。対等と依存は共存できる。あみかが前編で言っていた梓のことを好きだという気持ちを、もっと大切に扱ってほしかった。

 

もうわけがわからない。この作者の展開はまったくわけがわからない。

久美子も麗奈も、香織も葉月も、そして梓もあみかも、みんな魅力的なのに、どうしてことごとくこういう展開になってしまうのか。

すごくいい食材が、意味不明な味付けで調理されて並べられた感じ。

自分の味覚が変なのかもしれない。しかし、繰り返すが前作の秀一展開で幻滅した人は多く、今回の芹菜も前編にはそんな展開のかけらもなかった。

 

もういい。俺が書く。

中学時代、孤立して、友達もおらず、高校で変わろうと頑張って、初めて出来た佐々木梓という大事な友達。

頼られる自分が好きであみかを利用してしまったことに気付き、改めてあみかという同級生を見つめ直す梓。

この二人の間に、芹菜という存在はまったく必要ない。

 

ユーフォ:佐々木梓考2

 

【2016/09/30 追記】

ということで、梓×あみか展開のアナザーストーリーが書き上がったので、このブログから初めて自作にリンクする。

検索で来てくださり、どうも原作の梓とあみかの関係が不完全燃焼だった百合の同士は、是非一度お読みくださいm(_ _)m

 

www.pixiv.net

 

ユーフォ:佐々木梓考

前の投稿が8月25日で、「ひたすらグラブルをやっている」という投稿だった。

それから2週間弱の沈黙。何をしていたかというと、ひたすらグラブルをやっていた。

AP・BP半額期間だったので、ひたすら延々とマグナを倒し続けていた。

俺の人生、これでいいのかな……。

 

本日9月6日、『立華高校マーチングバンドへようこそ』の後編の発売日である。

Pixivに最初にくみれい小説を投下したユーフォクラスタの自分だが、今でもずっとユーフォがメインクラスタで、小説も投稿し続けている。

響け!ユーフォニアム』は、最後に久美子がまったく何の脈絡もなく秀一と付き合うことになり、その展開がどうしても受け入れられない。

それゆえ、自分と、そしてくみれいの同志のために、くみれい展開の小説を書き続けている。

逆に言えば、原作のラストが秀一展開ではなかったら、自分のユーフォ小説のすべては生まれていなかったかもしれない。

 

昨日、立華の前編を読んでいて思ったことがある。

本当にふと思ったのだが、自分は佐々木梓があまり好きではないかもしれない。

なんていうか、完璧すぎるのだ。隙がない。目標は高く、そのための努力は惜しまず、弱音は吐かない、甘えない。演奏の能力もコミュニケーションの能力も高い。

はてなにも意識の高い人はたくさんいるが、自分が意識が低くて、なるべくサボりたい性質の人間なので、高い意識で頑張っている人を見ると、なんだか責められているような気がしていたたまれなくなる。

梓は見ていてそんな感じ。青春の輝きとは違う眩しさに、思わず顔を背けてしまう。

 

そんな梓だが、前編を読むと、(本人も無意識の内に)強がっているような描写がたくさんある。

家庭のことも、母親はよくしてくれるから、不満なんてないし寂しくもない。

あみかのことも、頼られる自分が大好きなのでどんどん頼ってほしい。

これを、いわゆる「普通に」解釈している。

梓は父親がおらず母親の帰りも遅い生活を寂しく思っているが、甘えてもしょうがないし、甘える相手もいないので強がっている。

あみかのことも共依存であり、実はあみかが梓を必要としている以上に、梓があみかを必要としている。

適度な距離を置いて人付き合いをすることを得意とし、友達は多いが親友のいない梓が、初めて心を許した相手。それがあみかである。

 

そういった描写から、勝手に梓を「強がっている女の子」と解釈し、萌えていたのだが、本当にそうなのか?

さんざんくみれい展開を匂わせて、しかも秀一なんて空気のような扱いだったのに、最後は秀一と久美子をくっつけた作者である。

立華の話も、前編の終わり方からして、梓が孤立していって寂しがって、自分の弱さやあみかの大切さに気が付いて、前以上の関係になるという展開を想像しているが、これまたそんな話にならないのではないか?

普通に梓は強いまま、完璧のまま、言ってしまえば小説の開始時点と何も変わらないまま終わるのではないか?

この作者は天然なのかわざとなのかわからないが、妙に何かを想像させる描写をするが、それがまったく伏線にならない展開をするケースが多い。

今回もそれではないのか?

そう思った時、また期待が裏切られるといけないと思ったのか、自分の想像を取り払い、書いてある内容だけを見た結果、なんだか佐々木梓という強くて完璧な女の子を、好ましく思わなくなってしまった。

 

くみれい小説をずっと書いている。

展開は原作とまったく違う話にしているが、舞台背景はもちろん、キャラの性格もなるべく変えないようにしている。

中にはキャラの性格をガラッと変えて書く人もいるが、自分はそういうスタイルの二次創作はしていない。読者がなるべく、「こういう話もあるかもしれない」と思ってくれるような話を心掛けている。

先日、くみれい小説の最新作を公開したのだが、その中に梓登場の伏線を張った。自分の想像した「強がっている女の子」の梓を、北宇治チームに絡めるための準備をしたのだが、本当にこの子はそんな子なのか?

後編の展開に関わらず、準備している小説は書こうかなと思っているが、梓が思っているような性格ではなかったら、性格を原作と変えることになってしまう。

もっとも、原作後編が自分の想像通りの展開をしてしまうと、それはそれで二次創作の余地がなくなってしまう。

難しいところなのだが……。

 

そうこう書いている内にいい時間になった。

後編を買って帰ろう。

あの前編の展開をもって、まったく梓とあみかを軸にした展開ではなかったり、あまつさえ太一と梓とか太一とあみかの恋愛系の話が始まったりしたら破り捨てよう。

前科があるのでまったく信用できない。個人的には、立華は女子高で良かったと思うのだが、太一という男を一人だけ出した作者の意図が不安でしょうがない。

 

『立華高校マーチングバンドへようこそ』感想

→ ユーフォ:佐々木梓考2

 

近況:ひたすらグラブルをやっている

ゲームはもっぱらグラブルをやっている。

スクフェスはとうの昔に削除したし、デレステiPhoneを変えた際にインストールはしたが、結局一度もやっていない。

モバマス例の小日向事件以来、道場を日に1、2回殴る程度。プロダクションのノルマ的なやつである。

 

グラブル1本に絞ったことで、ゲーム以外の時間も取れるようになったかというと、全然そんなことはない。

むしろ最近はグラブルばかりで、他のすべてのことがストップしている。

しかもそのグラブルも、満足にやれていない。

 

まずそもそも、現在AP・BP半額キャンペーン中である。

マグナ編成のために、今こそマグナ狩りをし続けたいのだが、古戦場イベントがかぶっている。

それどころか今日、アーカルムの転世とかいうよくわからないイベントも始まった。

ディフェンドオーダーは完全に捨てたが、それどころか重要度の高い共闘の日課すら、最近はやれていない。

本当はカジノだってやりたいのだが、とてもそんな時間は取れない。討滅戦のMANIACも捨てている。

昨日は島ボスも巡れなかった。

 

自分より強い人たちは、グラブルの他にさらに他のゲームもやったりしている。

学生ならともかく、働いていて、しかも自分より帰宅が遅い人や、職場でスマホを触れない人は、一体どうやっているのだろう。

古戦場の犬EXを、団の多くの人が2、3ターンで倒せるらしい。時間にしたら1分半から2分くらいだろうか。

強くなれば同じことにかける時間が短くなり、時間に余裕ができる。

そう思っていた時期もあったが、これは違う。

強くなるためには時間がかかるし、強くなるとできることが増えて時間がなくなる。

 

十天衆に着手したのはもう随分昔になる。

エンドコンテンツの一つと言われて、もうソーンを手に入れたらグラブルも終了かな、なんて思っていた。

今や十天衆はソーンの他にサラーサとシエテもいて、四象ヒヒイロカネの在庫復活待ちの状態である。

シエテを取った時、やり切った感があった。

後のコンテンツはどう考えても手の届かないものばかりで、行き詰まりを感じていた。

 

その状況を打破したのが──打破してしまったのが、ナタクHLに挑戦したら、意外と簡単に倒せた上、風のプシュケーが手に入ったこと。

もちろん、他の人が強かったおかげではあるが、栄誉で交換する以外に入手手段がないと思われたプシュケーが手に入ったことで、ティア銃の上限が解放できた。

そして、こちらも絶対に無理と思っていたプロバハHLに入って、倒せたこと。

もちろん、他の人が強かったおかげはあるが、世間で言われている必要戦力は有していたし、最低限の役には立てることがわかった。

紫電角が手に入ったことで、自分では到達不可能と思われたフツルス化が見えてきた。

 

それから、クラス4ジョブ。

これは今のところもっとも遠い目標だが、1000BETポーカーができたおかげで玉鋼が手に入るようになり、本当に難しいと感じる素材は銀天だけになった。

その銀天も、すでに交換で1つは持っている状況なので、ひょっとしたらグランデを数回自発したら、集められるのかもしれない。

もっとも、ジョブマスターピースについては、まだ第1段階で止まっている。

進化させるにはサボっている共闘を相当やらないといけない。信念はもちろん、妃光の水晶も何十個と足りない。武器のエレメントも全然足りない。

 

他にもある。

四天刃の色を変えたり、他のマグナ武器の上限解放をしたりもしたい。

それには膨大な量の鱗や栄光が必要になってくる。

ひたすら素材を集め、エレメント化してはルピが足りなくなって共闘に行き、汁や粉がなくなればガチャを回して、ムーンを得る。

無限だ。

十天衆をエンドコンテンツだと思っていた時は、ドラクエ1でアレフガルドだけで戦っていたようなもの。

クリアしたらドラクエ2が待っていて、アレフガルドは全世界の中の小さな一つの島になってしまった。

 

そんなわけで、最近はひたすらグラブルをやっている。

楽しいは楽しい。もちろん、団員との交流がなければ今すぐにでもやめて構わないが、惰性でやっているわけではない。

昨日、Meetupというコミュニティープラットフォームを知った。なんかこういうのも楽しそうだ。

グラブルが無限すぎて、ちょっとそろそろ他のことをしたい感じもしている。

それには、モバマスの小日向事件のような、決定的な引退理由が必要かもしれない。